鍋島閑叟の野望

鍋島閑叟には大きな野望がありました。しかしそれは決して個人的な利の追求ではなく、朝廷に仕えることで日本社会全体に最大限に貢献したいという野心でした。

幕末の激動期、佐賀藩は維新の波に乗り遅れて後塵を拝した、というのが一般的な歴史感でしょう。

佐賀藩は西洋世界に対抗できるほどの近代化された国内最強の軍事力を持ちながら、上層部の優柔不断で維新の主導権を握ることができなかったと考えられがちですが、実は佐賀藩は水面下で独自の維新実現に奔走した形跡があります。それは後に下級武士が中心となって実現した薩長による明治維新とは異なり、佐賀藩トップの鍋島閑叟がみずから朝廷に働きかけたものでした。

桜田門外の変で大老の井伊直弼が斬られ、幕府の威信が地に落ち、尊王攘夷の嵐が吹き荒れていた1862年、肥前の妖怪と恐れられた鍋島閑叟が満を持して、京都に上ります。いったい閑叟公は何をしようとするのか!世間の注目が集まります。閑叟は朝廷の実質上のトップ、関白の近衛忠煕(このえただひろ)と直談判して、京都警備を佐賀藩に任せてほしいと申し入れたのでした。

朝廷は当時強く攘夷を主張していましたから、そのまま外国船を打ち払うようなことなれば当然他国と戦争状態になります。そうなれば敵国が攘夷思想の主体である朝廷を砲撃して攻めてくることは十分ありえることです。外国の近代兵器に対抗できるだけの軍隊を保持しているのは佐賀藩以外ありませんでした。ですから閑叟が朝廷に働きかけたように『京都の治安を佐賀藩にまかせてほしい』という申し出は非常に理にかなったものと言えます。

しかしこの申し出は同時に日本の支配構造を根本的に変えることにつながる大胆な物でした。たとえば同時期に会津藩が京都守護職に任命されています。しかしこれはあくまでも幕府によって任命されたに過ぎず、幕府が朝廷をコントロール下に置くために下部組織を使って京都の治安にあたったということに過ぎません。しかし佐賀藩が朝廷から直接に京都の警護を任されることはまったく次元が違います。つまりこれは朝廷が自分たちの軍隊を持つ事を意味し、佐賀藩は幕府と同等もしくは上の立場に立つことになりますから、いわばクーデターと言ってよいでしょう。

閑叟からこの申し出を受けた関白は肝を潰したはずです。なぜなら佐賀藩に京都警護を任せることは、幕府を力づくで抑え込む事を可能にし、場合によっては朝廷と幕府の全面戦争につながる可能性があったからです。

残念ながら閑叟のクーデターは実現には至りませんでした。当時朝廷内部には薩摩藩の大久保利通などが深く取り行っていて、閑叟の野望を必死で裏から妨害したようです。実は薩摩の島津久光も半年以上前に兵を率いて上京しています。その時朝廷を薩摩藩のコントロール下におこうと露骨な圧力をかけたものと思われます。朝廷は薩摩の一方的な横暴を嫌がって佐賀藩に救いを求めたのでしょう。薩摩の一方的な関わりを排除することを主眼としていた朝廷は薩摩藩と佐賀藩の京都警備の申し入れのどちらも却下することでバランスを保とうとします。さすがにこの時期、朝廷も倒幕につながりかねない大胆な発想には踏み込む勇気がなかったのでしょう。

朝廷は佐賀藩に対してこれまで以上に長崎警護に力を入れるように求めて閑叟もすなおにそれに応じ、この時期以降中央の動きと一線を画することになります。すでに閑叟は長崎警護が意味を失っていることを誰よりも理解していましたから、閑叟は独自の視点で日本の将来を見据えていくことになります。

後に新政府と江戸幕府が一戦をまみえる時代になったとき、もっとも朝廷の信頼の厚かったのは鍋島閑叟でした。その時になって佐賀藩はようやく京都警護を任されることになりますが、非常に残念なことにその時には閑叟の体調が悪化し、勤王家としての本望を十分に発揮することができませんでした。

佐賀藩は明治維新後、江藤新平、副島種臣、大木喬任、大隈重信といった政府の主要人物を排出しますが、その時鍋島閑叟が健在であれば政争で敗れることもなく佐賀藩が中心となって新政府が展開していったことでしょう。

2 Responses to “鍋島閑叟の野望”

  1. 川端幸夫 より:

    古賀様、昨日は佐賀での種々の貴重なご教示まことにありがとうございました。古賀さんの佐賀への愛情と志に感じ入りながら
    お話とブログを拝読しました。
    どうぞ今後ともご指導ご鞭撻よろしくお願い申し上げます。

    集広舍(shukousha.com)
    川端幸夫拝
    070-5271-3767

  2. admin より:

    川端さん!
    昨日は初対面にもかかわらず打ち解けて話をしてくださりありがとうございました。歴史好き、意識レベルの高い皆さんとつながりを持てたことが嬉しいです。佐賀の歴史を勉強しておいてよかったです。

    実家もお近くということなのでぜひ次回は赤ちょうちんでも行って熱く語り合いましょう!!

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