翔ぶが如く

鍋島閑叟に倒幕の意思はあったのか?
江藤新平と大久保利通のどちらが正義だったのか?

このブログを書いている間にも疑問が雲のように湧いてきます。

真理を探ろうと思えば佐賀の歴史だけにとらわれていてもダメで、鍋島閑叟が活躍した文久年間、薩摩藩、長州藩、徳川慶喜、岩倉具視を中心とした朝廷のことなど広い視野で見ていくことが必要となってくるでしょう。

そんな中、すごいと思ったのが1990年の大河ドラマ『翔ぶが如く』です。
もともと司馬遼太郎の原作は明治新政府成立直後から西南戦争までですが、大河ドラマでは薩摩の島津斉彬の活躍まで遡ってさらに壮大なスケールで描いています。
tobugagotoku

鍋島閑叟が活躍した佐賀藩にはほとんど触れられておらず、維新後は薩長に対抗心を燃やす江藤新平という人物がかなり感じ悪く描かれている点には不満を感じるのですが、それを差し引いても充分見応えがあります。

『翔ぶが如く』の大きなテーマは西郷隆盛と大久保利通という兄弟以上の絆で結ばれた2人がどうして殺しあう関係になってしまわなければならないのかというあたりでしょう。一般的に征韓論で敗れた西郷隆盛が腹を立てて大久保と仲を違え、一方的に鹿児島に帰ってしまうと解釈されていると思いますが、考えてみれば幕末の戦火を共にくぐり抜け国を動かしてきた2人の仲がそれぐらいの意見の対立で終わってしまうわけはありません。

彼らが闘っていたのは個人のメンツなどというちっぽけなものではなく、体制の変革の中であぶれだしてしまった旧体制の人々のエネルギーをどう鎮めるかということだったのでしょう。西郷隆盛はそのエネルギーを朝鮮半島に向かわせることを主張したのでした。

もし征韓論に勝つこと、個人的メンツだけが問題であったとするなら、西郷隆盛はその時簡単に勝つこととが出来たことをこのドラマは気づかせてくれました。なぜなら西郷隆盛はその時陸軍大将だったわけですから、武力を使ってクーデターを起こすことなどいともたやすく出来たのです。

そのことを知っている西郷隆盛の腹心、桐野利秋が政府をとり囲んで武力で圧力をかけることを進言しますが、西郷隆盛は『おはんが一兵卒でも勝手に動かすなら、おいはおはんをひっ捕らえもうす』と言って激怒します。そして岩倉具視と最後の激論の後、『太政大臣代理、岩倉具視、よく踏みとどまったものだ』と逆にエールを送ります。

大久保利通と一緒に育てた新政府に対して決して卑怯な手段は使わず、激論の後『これなら俺がいなくても大丈夫だ』と言わんばかりに政府を去っていく西郷隆盛の人間的大きさに感動せずにはおられません。

日本最強の雄藩薩摩を使って武力討伐に成功したにも関わらず、西郷と大久保は島津久光を裏切る形で版籍奉還を強行します。強力な既得権益を解消し日本を近代化するには、お世話になった殿様をだましてもこれをやるしかなかったのです。その過程で島津久光から面と向かって『裏切り者』と呼ばれることがどんなに西郷隆盛を傷つけたことでしょう。歴史の変化に取り残されていく者達を最後まで見捨てず、新政府のために自らが人柱となって旧勢力とともに消えていった西郷隆盛という人間の大きさに深い感動を受ける名作です。

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