鍋島直正公銅像再建 !!

封建制の象徴的存在でもあるお殿様が後々の世の中で銅像になり祀られるということは全国的に珍しいことではないでしょうか?

普通の殿様は一般農民の上に君臨し、いやというほど年貢を絞りとっていたでしょうから、恨みを買うことはあっても後の世の中になってまで感謝されることは少ないはずです。それだけで鍋島閑叟公がどれだけ優れていたのかという事を示しているわけですが、一方で歴史に興味がなければ閑叟公のことを知らない人も多いことでしょう。

鍋島閑叟公の銅像が再建されることは、今この佐賀の地においてきっと大きな意義があると思います。

三重津海軍所は世界遺産への登録を目指していますが、佐賀藩が軍艦を作ったのも閑叟公の存在があったからです。

長崎御番と言って長崎警護を務めたことがどこよりも早く西洋技術を取り入れることに成功した理由ですが、同じく長崎警護を仰せつかっていた福岡藩は大砲を作ることもなければ、蒸気機関車を作って走らせるようなことはまったくありませんでした。西洋技術を取り入れるチャンスがあった江戸幕府においてもまったく同じです。

鍋島閑叟公は自分のかわいい息子にまで種痘を施して普及に努めた他、マッカーサー並の農地改革を実施して小作農を保護しました。また財政再建のため自ら粗食に務め、ほとんど贅沢な絹仕立ての着物を着ることはなかったといいます。

閑叟公の銅像が立つのはこれで2度めです。一度目は生誕100年目で大隈重信が中心となったそうですが、写真にもあるようになんとも立派な銅像です。こんな大きな感想公が街の真ん中にドカンと君臨していたことはなんともたのもしい風景だったでしょうが、残念ながら第二次大戦で出征と相成りました。

今回生誕200年を迎え再建計画が湧き上がったわけですが、個人で1万円以上寄付すれば芳名板に刻印してもらえるそうですから、賛同する人も多く集まるのではないでしょうか。

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鍋島直正公銅像再建委員会 電話0952-24-5155

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